砂川 憲和(すながわ・のりかず、1974年6月26日 - 2… 砂川 憲和(すながわ・のりかず、1974年6月26日 - 2006年4月22日)は、奈良県出身の演奏家。琴古流の尺八奏者であり、和楽器バンド・ZAN結成時からのリーダーでもあった。 10歳の頃からフルートを習い始め、大阪教育大学芸術音楽コース・フルート専攻へ進学し、オーケストラや室内楽の活動を行う。1998年、フランス・パリU.F.A.M 国際コンクール・フルート高等部門で入賞。 フルートの演奏技術を磨くために海外へ渡るが、留学先を探すべくヨーロッパ数十ヶ国を旅行して様々な音楽を聴き歩いているうちに、偶然パリで開かれていた尺八と箏の演奏会を聴き感動、帰国後は、高校の音楽教師を務める傍ら、本格的に琴古流と普化宗(虚無僧)の尺八奏法を学び、同時に国境とジャンルにとらわれない音楽活動を始める。
吉森 信(よしもり まこと、1969年〈昭和44年〉??月?… 吉森 信(よしもり まこと、1969年〈昭和44年〉??月??日 - )は、日本のピアニスト、キーボーディスト、作曲家。広島県出身。 大阪教育大学卒業。1987年頃より、ピアニスト、キーボーディストとして演奏活動を始める。以後、様々なジャンルの音楽家と共演し、ライブ、ジャム、レコーディング等を国内外で行う。その間、モダンチョキチョキズ、ヒカシューや、8人の鍵盤ハーモニカ奏者によるオーケストラP-blot等のバンド等でも活動。鍵盤楽器を演奏する他、作曲・編曲も行う。近年ではテレビアニメ、ドラマ、映画等の劇伴音楽、サウンドトラックを制作。大森貴弘監督作品への参加が多い。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
土井 一郎(どい いちろう、1952年3月27日 - )は、… 土井 一郎(どい いちろう、1952年3月27日 - )は、日本の作曲家、ジャズ・ピアニスト。2018年11月5日すい臓がんのため死去。 大阪府出身。大阪府立高津高等学校卒業、大阪教育大学特音中退。音楽教師だった父親の影響を受け、音楽に興味を持ち始めた。高校卒業後のわずかな期間、大阪でプロとしての演奏活動をしていたが、より自由な活動を求めて単身上京。1974年に松本英彦クァルテットに参加して、プロのジャズピアニストとして本格的な活動を始めた。1975年には山口真文クァルテットに加わり、ジャズコンボにおけるピアニストの役割の基礎を学んだ。翌年には新宿ジャズ大賞を受賞。1979年には渡米し、数々のセッションに参加。
中野 孝憲(なかの たかのり、1936年7月23日 - 20… 中野 孝憲(なかの たかのり、1936年7月23日 - 2016年4月12日)は、元大阪フィルハーモニー交響楽団のチェロ奏者であり、津軽三味線の奏者。 チェロの弓の使い方(UPとDOWN)記号を一般的な三味線用に使われていた三線譜に取り入れ、初めて津軽三味線用の楽譜を作った人物。 演奏家としての活動と共に、津軽民謡・津軽三味線を後世に伝えるために生涯を捧げた。 孝憲が育てた代表的津軽民謡・津軽三味線の後継者には、「第57代青森県民謡王座」である次女・中野みち子がいる。 孝憲が初めての津軽三味線の楽譜を出版した1984年当時、津軽三味線は聴いて覚えるもので、習得には非常に年月がかかるものだった。しかし孝憲は、多くの人に津軽三味線を学んでもらいたいと、津軽三味線用初の楽譜を使った指導を始め、津軽三味線の習得方法に、旋風を巻き起こす。
池上 英樹(いけがみ ひでき)は、日本の打楽器奏者。 8歳か… 池上 英樹(いけがみ ひでき)は、日本の打楽器奏者。 8歳からジャズドラム、ロックドラムを始め、様々なジャンルのバンドで演奏していたが、高校時代にクラシック音楽のCDを聴き衝撃を受ける。卒業後はパーカッションとマリンバを始め、クラシック音楽を学ぶために大阪教育大学教養学部音楽科へ進学。在学中にパリ国立高等音楽院へ留学し、第46回ミュンヘン国際音楽コンクールで最高位を受賞。その後さらにドイツ・カールスルーエ音楽大学へ留学し、最優秀で修了する。パリ日本年記念公演、ベルリン室内楽フェスティバルなど世界各地の音楽祭に出演し、ヨーロッパを拠点に活動していたが、2004年に拠点を日本に変更。居住地の富士河口湖町で開催される富士山河口湖音楽祭をはじめ、日本全国の音楽祭に出演している。