丹羽 正治(にわ まさはる、1911年4月19日 - 1992年1月11日)は、日本の実業家。松下電工名誉会長、松下電器産業監査役、PHP研究所副所長、松下政経塾副塾長、産業構造審議会委員。大阪府堺市出身。 1932年に大阪商科大学高商部を卒業と同時に松下電器製作所へ入社。1939年に常務取締役に就任。1945年に系列会社の松下航空工業に移籍し専務取締役となる。1947年1月、松下幸之助が公職追放され、35歳の若さで松下電工代表取締役社長に就任、幸之助の経営哲学の忠実な実践者として同社を売上高1兆円の大企業に育てる。1977年2月に同社の代表取締役会長を経て、1989年2月に名誉会長に退く。 1992年1月11日午前10時49分に急性肝炎のため、大阪府守口市の病院で死亡。
出典:ウィキペディア「丹羽正治」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
