高梨 乙松(たかなし おとまつ、1898年〈明治31年〉9月30日 - 1943年〈昭和18年〉7月6日)は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員(大阪府第三区選出、当選1回)。 鳥取県西伯郡外江村(現在の境港市外江町)に生まれる。万太郎の三男。1920年(大正9年)に関西大学を卒業し、1921年(大正10年)に弁護士試験に合格。弁護士事務所を開業した。一般民刑事件の依頼に応じる。 1913年(大正2年)以来国民党の政策に共鳴し、旧党解散の後革新倶楽部となり、更に革新党となるのに伴って一貫して行動を共にする。革新党大阪支部長として同党内に重きをなす。 司法省委員となる。その他、榎本鋳造鉄工所監査役、油谷機械工作所監査役、油谷重工業常監などを務めた。
出典:ウィキペディア「高梨乙松」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
