松田 正一(まつだ まさかず、1884年(明治17年)12月23日 - 1972年(昭和47年)7月20日)は、日本の政治家。衆議院議員(7期)。 和歌山県名草郡、のちの海草郡貴志村(現和歌山市)で生まれた。関西法律学校を経て、1906年京都法政大学(現在の立命館大学)法律科卒。卒業後は古河鉱業から大阪市役所に勤務する。津市共融合資会社の法律顧問となり津市に来住。 その後、津市議、同副議長、三重県議などを経て、1930年の第17回衆議院議員総選挙では三重1区(当時)から立憲民政党非公認で立候補して最下位で初当選し、同選挙区で民政党4人目の当選者となった。以来連続7回当選。米内内閣大蔵参与官、第1次吉田内閣運輸政務次官などを歴任した。
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