内田 洋一(うちだ よういち、1903年〈明治36年〉11月 - 1999年〈平成11年〉9月18日)は、日本の応用物理学者。専門は分光学。京都大学名誉教授。 1903年11月に京都市左京区吉田で生まれた。1926年3月に京都帝国大学理学部物理学科を卒業し、同年4月に同大学理学部助手に着任した。木村正路研究室で分光学の研究に従事し、日本で最初にラマンスペクトルを測定、1928年12月に報告した。当時の実験装置は光源強度が弱く、その分ラマン散乱光も微弱なため、最高80時間試料に対し暴露することによって、ラマンスペクトルの測定に成功した。1930年代中葉から、分光学的手法を原子・分子から固体研究に適用することを考え、蛍光および燐光体の研究を開始した。
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