梅溪 通虎(梅渓、うめたに みちとら、1902年(明治35年)3月8日 - 1984年(昭和59年)8月9日)は、昭和期の実業家、政治家、華族。貴族院子爵議員。旧姓・松平。梅溪家12代当主。 三重県で、実業家・松平家晃、則子夫妻の二男として生まれる。生まれてすぐ母方の梅溪家当主・梅溪通魯の養子となり、養父の死去に伴い、1920年(大正9年)6月21日に子爵を襲爵した。 1925年(大正14年)3月、京都帝国大学法学部法律学科を卒業。さらに同大学院を修了した。日本鉱業監査役、日本水産本店庶務課長、日本海洋漁業統制(株)理事などを務めた。 1945年(昭和20年)10月25日、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し、研究会に所属して活動し、1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した。
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