阮 振鐸(げん しんたく)は、中華民国、満州国の医師・政治家・外交官。字は叔周。 奉天省立高等工業学校を卒業し、さらに1913年(民国2年)に南満医学堂を卒業した。1919年(民国8年)、日本に留学し、京都帝国大学で医化学を専攻した。帰国後の1923年(民国12年)、奉天公立医学院院長兼東北大学校医となった。その後、奉天派の支配地域で軍医等を歴任している。1929年(民国17年)、長春・吉林・吉敦鉄路医院院長となった。 満州国成立後の1932年(大同元年)4月、奉天省公署秘書長に就任する。また、この頃には、于静遠や満州青年連盟の山口重次・小澤開作とともに、満州協和党(後の満州国協和会)を結成した。
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