中村 恒三郎(なかむら つねさぶろう、1886年(明治19年)12月 - 没年不詳)は、日本の内務官僚。弁護士。 東京府出身。中村常吉の四男。1916年(大正5年)、京都帝国大学法科大学英法科を卒業した。岡山県属、福島県西白河郡長、和歌山県理事官、秋田県理事官、熊本県理事官、鳥取県書記官、秋田県書記官・警察部長、広島県書記官・警察部長、福岡県書記官・警察部長、静岡県書記官・警察部長、和歌山県書記官・内務部長、高知県書記官・内務部長、神奈川県書記官・総務部長、京都府書記官・総務部長を歴任し、1937年(昭和12年)に退官した。 退官後は京都帝国大学書記官、川崎市助役を務めた。その後、弁護士を開業した。
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