石田 英勝(いしだ ひでかつ、1908年 - 1945年)は、大分出身の飛込競技選手であり飛行家。日本代表として1932年のロサンゼルスオリンピックに出場した。 1908年(明治41年)、大分県臼杵に生まれる。この地で伝統ある山内流遊泳クラブに在籍して志村弘の指導を受け、1925年(大正14年)にクラブを卒業。身長162㎝。慶應義塾大学の出身。相羽有が主催する日本飛行学校に入学して二等飛行士となり、深川区洲崎にあった亜細亜航空学校に勤めた。そのかたわらで飛込競技に励み、1929年(昭和4年)度は高飛び込み第6位、1930年(昭和5年)度は高飛び込み第3位、1931年(昭和6年)度の全日本選手権ではついに優勝を果たす。
出典:ウィキペディア「石田英勝」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
