中村 英一 (なかむら えいいち、1909年 - 1945年5月26日)は、日本のフィールドホッケー選手。 東京都出身。慶應義塾大学出身。 1932年ロサンゼルスオリンピックで日本代表チームの一人に選ばれる。日本代表チームには慶應大学出身者が3人含まれていた(主将の浅川増幸(OB)、浜田駿吉、中村英一)。ホッケーには3か国(英領インド・日本・米国)が出場し、日本は前回優勝国インドに大敗を喫したものの開催国アメリカに勝利を収め、銀メダルを手にした。 陸軍准尉として軍籍にあった1945年5月、東京大空襲のため死去。 浅川増幸 | 猪原淳三 | 宇佐美敏夫 | 小西健一 | 小林定義 | 今治彦 | 酒井義雄 | 柴田勝見 | 左右田秋雄 | 永田寛 | 中村英一 | 浜田駿吉 | 三浦四郎 | 監督: 広瀬藤四郎 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。
出典:ウィキペディア「中村英一 (ホッケー選手)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
