原 奎一郎(はら けいいちろう、1902年〈明治35年〉7月20日 - 1983年〈昭和58年〉7月24日)は、日本のジャーナリスト、著作家。本名は貢(みつぎ)。原敬の養嗣子。娘はスタイリストの原由美子。 大阪府出身。首相の原敬の姪の子で、幼児期に養嗣子となる。1915年(大正4年)東京府立一中入学。同期に小林秀雄、迫水久常、千頭暎臣、石丸重治(半途退学)、西竹一(半途退学)らがいる。以降、慶應義塾大学予科在学中に英国留学のため1921年(大正10年)中退。 1940年(昭和15年)、同盟通信記者。1946年(昭和21年)に退社して、ファッション評論なども手掛けた。1950年(昭和25年)に「原敬日記」を乾元社で公刊(原敬の遺言で、公開は没後30年程度を経てからと定めていた)。
出典:ウィキペディア「原奎一郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
