山下 三郎(やました さぶろう、1908年4月25日 - 1999年7月13日)は、商船三井の前身のひとつである山下新日本汽船の社長などを歴任した、日本の実業家。青年期には、短編小説などでも注目された。 神奈川県横浜市に、「泥亀」、「船成金」などと称された山下汽船の創業者・山下亀三郎の次男として生まれる。 慶應義塾大学に学び、在学中には川端康成、室生犀星らと交わり、同人誌に短編小説発表するなどして、文学者としての将来を期待されたが、1931年に法学部を卒業すると、父の命に従い山下汽船に入った。北原武夫らと文芸誌『新三田派』を創刊したが、直後に渡仏した。山下の文筆活動は、卒業後もしばらく続き、1938年には短編集『室内』が出版された。
出典:ウィキペディア「山下三郎 (実業家)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
