阿部 嘉七(あべ かしち、1885年(明治18年)3月16日 - 1952年(昭和27年)6月7日)は、日本の内務・警察官僚。民政党系官選県知事、門司市長。 熊本県熊本区小幡町で、阿部嘉平の三男として生まれる。壷川小学校、熊本県立商業学校を経て、1910年3月、神戸高等商業学校(現神戸大学)を卒業。1912年7月、東京高等商業学校(現一橋大学)専攻部を卒業。同年11月、文官高等試験行政科試験に合格。同年12月、逓信省に入省し郵便貯金局書記となる。 1913年2月、内務省に転じ石川県属に就任。1915年12月、台湾総督府に転じ、同府事務官・民政部殖産局庶務課長に就任し、さらに財務局会計課長を務めた。
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