有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
熊

熊川良太郎

くまかわ りょうたろう
Wiki ↗

熊川 良太郎(くまかわ りょうたろう、1902年〈明治35年〉1月29日 - 1965年〈昭和40年〉8月8日)は群馬県出身の飛行家。後に群馬県議会議員。栗村盛孝と共に青年日本号を操り、日本からローマまでの欧州訪問飛行を成し遂げた。レオポルド2世勲章及びレジオンドヌール勲章受賞。 1902年(明治35年)1月29日、吾妻郡嬬恋村の大字今井にて農業を営む熊川澗八郎と母なほの長男として生まれる。弟が一人おり、家は代々上田藩士。元は藩主と同じ真田姓を名乗っていたが、後に熊川に移って姓も地名に合わせ改称したとされる。 勉学での立身を考えた良太郎は東京の学校への進学を望んでいたものの、父は許可を与えなかった。

出典:ウィキペディア「熊川良太郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋