鄭 海駿(チョン・ヘジュン、朝鮮語: 정해준、1902年または1903年12月17日 - 1993年5月4日)は、日本統治時代の朝鮮および大韓民国の独立運動家、ジャーナリスト、政治家、画家。制憲韓国国会議員。 本貫は河東鄭氏(朝鮮語版)。号は元斉または元斎。 全羅北道(現・忠清南道)錦山郡出身。錦山公立普通学校、錦山簡易公立農業学校、京城普成高等普通学校、早稲田大学政経科、東京文学院(現・中央大学)または東京大学大学院卒。第3次共産党事件により1年6ヶ月間服役し、1931年に治安維持法違反により8ヶ月間服役した。朝鮮日報社学芸部長、忠南モダス会社支配人、大韓独立促成国民会文芸部長・組織部長・文教部長・全国大会議長、民族代表外交後援会宣伝部次長、民族統一総本部事務局員、独立戦取決起大会宣伝部長、工業新聞編集顧問、制憲国会財政経済委員長・交通逓信委員長、韓米経済協定韓国側代表、韓国重石顧問を務めた。
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