錦織 幹(にしきおり かん、1874年(明治7年)12月7日 - 1955年(昭和30年)7月28日)は、内務官僚。長崎市長。 愛媛県出身。 父は判事を務めた錦織義弘・リウの子。1896年(明治29年)、東京法学院(現在の中央大学)を卒業。1899年(明治32年)に高等文官試験に合格した。内務属、秋田県参事官、鹿児島県参事官、山形県事務官、長崎県港務長、島根県事務官、山梨県内務部長、千葉県内務部長、新潟県内務部長などを歴任した。1917年(大正6年)に休職となった後は、日本スレートアスフハルト工業株式会社取締役、証券交換所株式会社取締役を務めた。 1922年(大正11年)、長崎市長に選出された。
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