細田 義安(ほそだ ぎあん、1903年(明治36年)3月14日 - 1962年(昭和37年)9月28日)は、東京都出身の都職員、政治家(衆議院議員)、弁護士。 小平市小川町出身。中央大学卒業後、東京都庁に入り、総務、主税の各局長を経て、第28回衆議院議員総選挙に旧東京7区で自由民主党より立候補し当選した。東京都職員時代は都知事であった安井誠一郎と近かった。自民党内では、佐藤派に属した。佐藤派の同期は、後に総理大臣になる竹下登と金丸事件で有名な金丸信のみである。第29回総選挙において再選された。 しかし、任期途中の1962年(昭和37年)9月28日、東京都立大久保病院で死去した。59歳没。翌29日、特旨を以て位五級を追陞され、死没日付で正七位から従四位勲三等に叙され、瑞宝章を追贈された。
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