山本 清二郎(やまもと せいじろう、1910年 <明治43年> 7月30日 - 1995年 <平成7年> 12月12日)は、日本の検察官。最高検察庁次長検事、大阪高等検察庁検事長。位階は正三位。 愛知県出身。1933年、中央大学法学部卒業、銀行員を経て、1935年に検事任官。戦後の公職追放によって、塩野季彦らを大御所とする戦前からの主流であった思想検事系列の一掃と共に、東京地検特別捜査部長(1953年11月9日-1955年10月3日)に。東京地検次席検事に田中萬一、主任検事に河井信太郎と主だったポストには中央大学出身者が占めた。その後も河井らと昭和電工事件、造船疑獄、共和製糖事件、日通事件などの主だった政界汚職に従事した。
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