金森 誠之(かなもり しげゆき、1892年7月27日 - 1959年8月19日)は、日本の河川技術者、内務官僚。発明家、映画人でもあった。 土木の仕事を、「地球芸術」と称していた。 和歌山県有田郡出身。1915年(大正4年)、東京帝国大学工科大学土木工学科を卒業し、内務省に入省。東京土木出張所に勤務し、利根川第二期改修工事に従事した。1927年、「煉瓦積ノ改善、特二其ノ補強二関スル研究」(『土木学会誌』)で工学博士号を得ている。 1918年(大正7年)から1921年(大正10年)までは、多摩川改修事務所に勤務。その後、1924年(大正13年)から1929年(昭和4年)まで、1年間の欧米諸国出張を挟んで、1930年(昭和5年)から1931年(昭和6年)までの2度にわたり、同事務所の所長を務めた。
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