木谷 要一(きだに よういち、1896年(明治29年)10月18日 - 1946年(昭和21年)12月16日は、日本の物理学者。 福井県敦賀郡(現:敦賀市)出身。旅順工科学堂電気工学科を卒業、東北帝国大学理学部物理学科にて理学士、東京帝国大学にて工学博士となる。東京帝国大学工学部造兵学助教授を務め、1935年より母校の旅順工科大学教授となる。専門は、応用物理学・金属工学。 関東局在外研究員として、1936年2月 - 1937年11月7日まで、欧米の研究所や実験場へ学術研究視察を行なった。ベルリンに約半年、ハレ(ザーレ)に4ヶ月滞在し、ベルリンを拠点に西欧、北欧、米国など各国を視察している。 終戦を旅順で迎え、他の職員とともにソ連兵に大連へ強制退去させられた後、大連第一中学校にて教鞭を取った。
出典:ウィキペディア「木谷要一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
