小森 雄介(こもり ゆうすけ、1874年(明治7年)12月11日)- 1942年(昭和17年)5月3日)は、明治後期から昭和前期の銀行家、政治家。衆議院議員。 鹿児島県鹿児島郡鹿児島城下高麗町(現鹿児島市高麗町)で、旧鹿児島藩士・小森新蔵の六男として生まれる。1896年(明治29年)7月、鹿児島高等中学造士館本科卒業。1899年(明治32年)東京帝国大学法科大学政治学科を卒業した。 衆議院事務局に入り同属に任官。1902年(明治35年)台湾銀行に転じて書記に就任。植民経済研究のため1905年(明治38年)アメリカ合衆国に留学しハーバード大学で学んだ。その後、ボストンのキタピポヂー銀行での実務研修、欧州各国の視察旅行を経て、1908年(明治41年)に帰国した。
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