高田 慎吾(たかだ しんご、1880年(明治13年)5月1日 - 1927年(昭和2年)7月5日)は、日本の社会事業家、児童福祉研究家。 熊本の八代に生まれ、東京帝国大学(現在の東京大学)に入学後キリスト教徒となる。在学中に児童保護を中心に社会問題について専攻、研究した。卒業後に東京養育院(現在の東京都長寿健康医療センター)付巣鴨分院の主任を務め、1912年(明治45年)に社会問題を学ぶために渡米した。 翌年帰国後は内務省に勤務し、1918年(大正7年)に退職するまで国立感化院(現在の国立武蔵野学院)の創設に携わり、東洋大学の教授として日本で初の社会事業講座を開講した。退職後は関東地方のみならず関西地方でも社会事業の養成、研究に携わり、大阪の石井記念愛染園が経営する社会事業の研究を行った。
出典:ウィキペディア「高田慎吾」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
