中原 延平(なかはら のぶへい、1890年 <明治23年> 5月23日 - 1977年 <昭和52年> 2月25日)は、日本の経営者。兵庫県三原郡神代村(現在の南あわじ市)出身。長男は日本銀行政策委員会審議委員の中原伸之。 1916年に東京帝国大学工学部応用化学科を卒業。富士製紙、小倉石油などでの勤務を経て、1939年に東亜燃料工業常務に就任し、1944年1月には社長に昇格。1962年2月には相談役に就任。 1959年に藍綬褒章を受章し、1965年に勲三等瑞宝章を受章。 19772月25日呼吸不全のために死去。86歳没。
出典:ウィキペディア「中原延平」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
