傅 式説(ふ しきえつ)は、中華民国の政治家・化学者・教育者。南京国民政府(汪兆銘政権)の要人。字は筑隠。傅式悦と表記されることもある。字は築隠。号は耐盦。 1903年(光緒29年)、中山学堂に入学する。1905年(光緒31年)、日本に留学して、東京帝国大学で工学士の称号を取得した。1911年(宣統3年)、帰国し、辛亥革命で革命派の義勇軍に参加した。その後、再び日本へ留学し、東京帝国大学工学部で研究生となった。このとき、同級生たちと『丙辰学社』、『中華学芸社』を創立している。 1918年(民国7年)に帰国し、通易鉱務公司、漢冶萍煤鉱公司などに所属した。1922年(民国11年)、私立廈門大学教授をつとめる。
出典:ウィキペディア「傅式説」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
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