松下 昇(まつした のぼる、1936年3月11日 - 1996年5月6日)は、日本の大学教員。 1960年代末から1970年代にかけての大学闘争の渦中、学生たち(全学共闘会議、全共闘)の側に立ったいわゆる造反教官としてマスコミや文化的領域で盛んに取り上げられた。 1969年2月「情況への発言」を掲示し、大学の授業・試験を放棄した。1970年10月、神戸大学を懲戒免職処分になった後は、「強いられた生活様式~状態を基本として、この段階の共有と、そこからの解放の試み自体を生活手段として生きること、この試みを許容しない力や制度と持続的にたたかうこと、このたたかいに参加する人やテーマを拡大していくこと」を生涯の課題とした。
出典:ウィキペディア「松下昇」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
