本川弘一(もとかわ こういち、1903年1月17日 - 1971年2月3日)は、日本の生理学者。東北大学教授・学長。石川県出身。加賀市名誉市民。 1903年、石川県江沼郡桑原村(現在の加賀市桑原)で、本川弘の4番目の子として生まれる。五人姉弟中、唯一の男子であり、農家の後を継ぐのが当然のものとして育てられた。小学校を卒業する時、「この子は成績が抜群だから是非中学に進学させるように」と担任が自宅まで親を説得に来た。弘一も是非進学したいと懇願したが、「農家の跡継ぎだから家を継がせる。代々肝煎の家を絶やしたのでは御先祖様に申し訳がない」という父親の強い意向により、卒業後は家業の農業に従事した。 しかし勉学への思いは断ち難く、17歳で家出する。
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