森垣 亀一郎(もりがき きいちろう、1874年(明治7年)3月22日 - 1934年(昭和9年)1月23日)は、兵庫県出身の日本の土木技術者。大阪築港工事に8年間従事し、鉄桟橋、神戸築港、防波堤の工事にあたった。 但馬国豊岡(現・兵庫県豊岡市)に生まれる。新治郎とちくの次男。5歳で父を亡くす。明治13年に豊岡小学校に入学。学業が優秀だったことから、地元の資産家の援助により東京府尋常中学校に入学する。さらに第一高等中学校に進むが、資産家が事業に失敗したことで、苦学を余儀なくされた。その状況でも帝国大学工科大学土木工学科に進学し、1898年(明治31年)に卒業した。この間の学費は、出身小学校長の弟だった土木技師の沖野忠雄から援助された。
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