山越 邦彦(やまごし くにひこ、1900年6月22日 - 1980年4月7日)は、日本の建築家。建築設備設計技術者。東京出身。 東京帝国大学工学部(現東京大学工学部)建築学科を経て戸田組に入社。建築家として勤務の傍ら、モダニズムの啓蒙雑誌『建築時潮』を編集。分離派建築に代表される芸術家としての建築家像を否定し、自ら「構築家」と称して科学性と社会性のある建築を提唱した。戸田組退社後は横浜国立大学理工学部教授となり、環境問題にも関心を持った。 主な作品のうち、1933年に発表した自邸・ドモディナミカ(動力学の家)では、乾式工法と床暖房、ピロティを採用し設備や間取りの考え方など、当時としては画期的な提案を行っている。
出典:ウィキペディア「山越邦彦」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
