太田 浩兒(おおた こうじ、1928年8月8日 - 1988年10月13日)は、日本の映画プロデューサー、映画監督、脚本家である。 1928年(昭和3年)8月8日、神奈川県横浜市に生まれる。 東京市大森区調布嶺町(現在の東京都大田区鵜の木)の旧制・東京中学校(現在の東京高等学校)を卒業して旧制・東京高等師範学校に進学、同校は1949年(昭和24年)5月に設立された新制・東京教育大学(現在の筑波大学の母体)に包括されたため、同学哲学科に在籍、1953年(昭和28年)3月に同学を卒業した。「好きな映画で生活していこう」と考え、同年4月2日、定期採用第2期生として東映に入社した。企画本部に配属され、東京撮影所演出部に配転された。
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