野沢 清人(旧字体: 野澤 淸人、のざわ きよんど、1907年(明治40年)4月7日 – 1959年(昭和34年)10月18日)は、昭和期の薬剤師、実業家、政治家。衆議院議員。 栃木県河内郡本郷村(現上三川町)で生まれる。1930年(昭和5年)東京薬学専門学校(現東京薬科大学)を卒業した。 薬科関係の経歴を歩み、1941年(昭和16年)薬剤官として応召し、終戦を薬剤大尉として迎え、3年間シベリア抑留となった。 復員後、第一化学工業所を設立し、のちに関東化学と改称して社長に就任。その他、社会保障制度審議会委員、日本薬剤師協会(現日本薬剤師会)副会長、同常任顧問、東京薬科大学理事長、試薬協会理事長などを務めた。
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