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吉

吉次茂七郎

よしつぐ もしちろう
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吉次 茂七郎(よしつぐ もしちろう、生年不詳 - 1923年1月19日)は、日本の土木技術者、鉄道技術者。 福岡県に生まれる。1911年(明治44年)福岡県立中学修猷館を経て、1914年(大正3年)3月名古屋高等工業学校(現・名古屋工業大学)を卒業。 台湾総督府鉄道部に就職するが、ほどなくして陸軍に志願し、砲兵少尉となる。 除隊後、命令により台湾総督府鉄道部に復職。宜蘭線が着工されるや、1921年(大正10年)に工事現場監督者に抜擢される。三貂嶺隧道と草嶺隧道の工事監督に従事するが、その工事が難航を極め、マラリアに感染し、工事途中で1923年(大正12年)1月19日に死去。 草嶺隧道完成の 1924年(大正13年)10月9日、工事関係者によって、その近くに吉次の功績を称える記念碑「故吉次茂七郎君之碑」が建立されており、日本の統治下では毎年慰霊祭が行われていたと伝えられている。

出典:ウィキペディア「吉次茂七郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋