稲畑 太郎(いなばた たろう、1898年11月9日 - 1988年4月3日)は、昭和時代の日本の実業家。 京都出身。稲畑勝太郎の長男。 1921年(大正10年)、東京高等商業学校(現・一橋大学)を卒業した。1937年(昭和12年)稲畑商店(のちの稲畑産業)取締役社長となる。 1944年(昭和19年)から1946年(昭和21年)まで住友化学工業監査役を務めた。1948年(昭和23年)関西経済同友会代表幹事。1953年(昭和28年)再び住友化学工業監査役に就任。1958年(昭和33年)久保田鉄工監査役に就任。 1959年(昭和34年)再び関西経済同友会代表幹事に就任。1960年(昭和35年)日本国際貿易促進協会関西本部副理事長。
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