白 斗鎮(ペク・トゥジン、はく とちん、1908年10月31日 - 1993年9月5日)は、大韓民国の政治家。黄海道信川郡出身。本貫は水原白氏。第4・10代国務総理、第8・10国会議長などを歴任した。日本名白川 實。 1934年旧制東京商科大学(現:一橋大学)を卒業して朝鮮銀行に入行。理事にまでなった。大学の先輩にあたる具鎔書に引き上げられ、独立後も韓国銀行理事を務め、1948年に外資庁長官・1951年財務部長官に就任。この時重石ドル事件への関与で野党から追及を受けるが、これを切り抜けて1952年に財務部長官兼務のまま国務総理代理となり、同時に米韓合同経済委員会の代表を務める。翌1953年に正式に国務総理となった、 4月革命後の国会議員補欠選挙に出馬・当選して政界入りするが、直後に5・16軍事クーデターが勃発。
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