古 応芬(こ おうふん)は、清末民初の政治家・革命家。清末は革命派、民国時代は、中国国民党・国民政府に属した。国民党内では、国民党右派の立場であった。字は勷勤、湘芹。 富裕な家庭に生まれ、1902年(光緒28年)、秀才となる。1904年(光緒30年)、両広総督岑春煊から派遣される形で、胡漢民、汪兆銘らとともに日本へ留学する。翌1905年秋、胡・汪らとともに中国同盟会に加入した。1906年(光緒32年・明治39年)6月、法政大学法政速成科第二班を卒業した。なお、同期には胡・汪の他に李文範や張一鵬、孫潤宇らがいる。その後更に、同大学専門部で学んだ。1907年(光緒33年)、学業を完了して帰国すると、広東法政学堂で教鞭をとる。
出典:ウィキペディア「古応芬」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
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