趙 之成(ちょう しせい、1899年 – 没年不明)は、中華民国の官僚・実業家。号は蔚如。中華民国臨時政府で各職を歴任した。当時において、王揖唐の派閥に属していた人物と見なされている。また、江紹杰と共に王揖唐の側近における重鎮格と評価する文献もある。 清末に日本へ留学し、法政大学法律科を卒業したとされる。なお、同様の経歴を持つ先輩格の人物として、王揖唐や江紹杰がいる。親日政権に参加する以前、北京政府や国民政府での趙之成の動向は不詳である。 王克敏・王揖唐らが中華民国臨時政府を創立すると、趙之成もこれに参与した。1938年(民国27年)1月1日、趙は教育部(総長:湯爾和)参事に任命された。同年9月18日、組織改革により内政部が成立すると、王揖唐が内政部総長となる。
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