歌川 豊国 (7代目) (7代目うたがわ とよくに、1938年(昭和13年)‐)とは昭和時代から現代にかけての浮世絵師。六代目歌川豊国の三男。 6代目歌川豊国の門人。本名は歌川博三。昭和13年、大阪市生野区林寺町に6代歌川豊国の三男として生まれる。祖父は2代歌川国鶴、曽祖父は歌川国鶴で、大叔父が最後の浮世絵師といわれた歌川国松であった。明治大学法学部を卒業する。 1972年に父が6代豊国を襲名、歌川派再興をめざし本格的に活動を始める。1983年、博三は歌川国芳の流れをくむ伊東深水の高弟であった立石春美に師事、美人画と浮世絵を習得する。世田谷展で入賞を果たした。1996年5月18日には日本橋ギャラリー「セナン」において髭年之丸の式という七代目歌川豊国襲名のお披露目会を執り行った。
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