細川 興治(ほそかわ おきはる、1890年(明治23年)7月30日 - 1977年(昭和52年)8月16日)は、明治末から昭和期の宮内官、華族(子爵)。貴族院議員。 清和源氏義季流谷田部細川家、細川興嗣(子爵)の長男として出生する。父の隠居に伴い1909年(明治42年)7月27日、家督を相続して子爵を襲爵した。1914年(大正3年)明治大学法学部を卒業し、さらに東京帝国大学法科大学で学んだ。1924年(大正13年)宮内省に出仕。宮内属、陵墓監、宮内事務官などを歴任した。 1946年(昭和21年)5月10日、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し、研究会に所属して活動し1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した。
出典:ウィキペディア「細川興治」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
