矢野 庄太郎(やの しょうたろう、1886年〈明治19年〉1月10日 - 1949年〈昭和24年〉6月21日)は、日本の政治家。大蔵大臣。 愛媛県三豊郡桑山村(現・香川県三豊市)に農家の長男として生まれる。教員養成所を出て地元で代用教員を務めた後上京、1907年明治大学法科を卒業する。苦学しながら努力し、在学中に高等文官試験にパスしている。 1911年内務省に入省。台湾総督府書記官、香川県警察部警務課長、同県木田郡長を務めた後、官僚としての前途に行き詰まりを感じ、実業界に転ずるべく1918年に内務省を退職、同年広島の「勝光山窯業」を買収し代表取締役に就任した。 1930年、第17回衆議院議員総選挙に立憲民政党公認で旧香川2区から立候補し初当選する。
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