渡辺 林太郎(わたなべ りんたろう、生年不詳 - 1947年(昭和22年)2月1日)は、救世軍士官で、第二次世界大戦中の日本救世軍(救世団)の指導者である。 静岡県の南伊豆に生まれ、中学校卒業後、1905年に明治大学商学部専門科に入学する。その年9月に救世軍の集会に出席して回心する。1908年に明治大学を卒業した後、救世軍士官学校に入学する。1909年10月ロンドン救世軍万国士官学校に入学する。帰国後、大連、京橋の小隊長になり、東京府神田の日本本営に勤務し、東京西部連隊長、日本救世軍士官学校校長に就任する。 1940年に指導者の山室軍平中将が死去すると、救世軍の幹部は憲兵隊に取調べを受ける。救世団へと組織変更を行い、渡辺が選挙で団長に選ばれる。
出典:ウィキペディア「渡辺林太郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
🎓 明治大学💼 救世軍士官で
