奥村 安太郎(おくむら やすたろう、1876年(明治9年)8月24日 - 1946年(昭和21年)12月11日)は、明治末から昭和前期の実業家、政治家。衆議院議員。旧姓・木島。 京都府京都市で、旧淀藩士・木島行吉の息子として生まれ、1901年(明治34年)8月、奥村つる の養子となり、その後家督を相続した。1903年(明治36年)京都法政大学(現立命館大学)法律科を卒業した。 1906年(明治39年)奥村合名会社を設立し代表社員に就任。清国、朝鮮に支店を設けた。1909年(明治42年)4月、三等郵便局長に任じられ1911年(明治44年)6月まで在任。その後、京都電気取締役、日本陶料取締役、朝鮮無煙炭礦取締役、阪東土地取締役、摂丹鉄道社長、台湾農林社長、京都火災保険社長、国民銀行頭取、西宮土地監査役、台湾総督府嘱託、樺太庁嘱託などを務めた。
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