曺 寧柱(そう ねいちゅう、朝: 최배달、1908年 - 1996年)は、朝鮮の民族運動家、空手家。初代全日本空手道剛柔会副会長。剛柔流空手の大家で、日本本土における剛柔流の祖の一人。 山口剛玄と本土最古の剛柔流道場である立命館大学空手道部を創設。大山倍達の師としても著名である。 慶尚北道醴泉にて裕福な地主の家系に生まれる。大邱の嶠南学校在学中に学生運動に関わり検挙された。日本に留学し、立命館大学法学部に入学。京都朝鮮留学生学友会の会長に推挙された。また学生時代に空手を習得している。1939年、石原莞爾の知遇を得て、東亜連盟論に共鳴し、朝鮮の処遇改善を求めて、立命館大学や同志社大学の留学生を東亜連盟運動に勧誘し、1939年には釜山で講演を行っており、この講演会で大山倍達(崔永宣)に出会う。
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