李 鍾純(イ・ジョンスン、朝鮮語: 이종순、1908年または1909年 - 1989年4月14日)は、日本統治時代の朝鮮の公務員、大韓民国の政治家。面長、保寧郡・洪城郡の郡守、第2・5代韓国国会議員を歴任した。 忠清南道扶余郡生まれ。漢文修学を経て京城高等予備学院卒、早稲田大学法科・経済科で校外生として卒業。独学で普通文官試験に合格し、忠清南道理財課職員、扶余郡・青陽郡勧業課長、面長、保寧郡(現・保寧市)郡守、洪城郡郡守(1946年)、無所属の第2代民議員、議員公権制限国会審査委員、新民党忠南道党委員長を務めた。1967年時点では農業を営んでいた。 1989年4月14日、ソウル市龍山区梨泰院の自宅アパートで死去。
出典:ウィキペディア「李鍾純」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
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