沢 東洋男(さわ とよお、1890年 - 1971年3月11日)は、東京都出身のプロ野球審判員・監督。 旧制東京中学から早稲田大学、國學院大學監督を経て、1936年より始まったプロ野球(当時は日本職業野球連盟)の審判員となり、初代の審判部長に就任した。この年は審判員は3人しかおらず、沢はその貴重な一人であった。 1940年シーズン途中からイーグルス・黒鷲軍の監督を山脇正治より引き継ぎ、シーズン終了まで務めた。監督としての通算成績は67試合で26勝38敗3分、勝率.406である。戦後、再び、審判員に復帰、昭和21年、22年と2年間、務めていた。 1971年3月11日に死去。享年81。 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。
出典:ウィキペディア「沢東洋男」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
