信太 儀右衛門(しだ ぎえもん、1892年11月29日 - 1970年4月6日)は、日本の政治家。衆議院議員(5期)。 秋田県山本郡金岡村(現:三種町)出身。早稲田大学政治経済科を経て、札幌農学校に学ぶ。その後は金岡村長、秋田県議を歴任し、1924年の第15回衆議院議員総選挙で憲政会公認で立候補して初当選する(後立憲民政党)。以来当選5回。秋田魁新報社監査役や能代酒造社長などを務めた。 戦後、大政翼賛会の推薦議員のため、公職追放となる。追放解除後は政界に再び立候補することは無かった。 1970年4月6日、自宅の風呂場から出火、妻を助けようと家の中に入り、焼死した。
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