藤田 若水(ふじた わかみ、1876年(明治9年)12月11日 – 1951年(昭和26年)12月30日)は、日本の弁護士、衆議院議員(立憲民政党)。司法参与官。広島市長(官選)。早稲田大学評議員。 愛媛県新居郡中荘村大字中村(現在の新居浜市)出身。藤田甸之の四男。 1898年(明治31年)、東京専門学校(現在の早稲田大学)邦語行政科を卒業。1900年(明治33年)、弁護士試験に合格。 1901年(明治34年)、大阪に弁護士事務所を開き、1903年(明治36年)に広島市に移った。広島では弁護士副会長や弁護士会長を務めた。 広島市会議員、広島県会議員、県参事会員、県会副議長を歴任した後、1927年(昭和2年)の衆議院議員補欠選挙に当選。
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