山下 賢章(、1944年〈昭和19年〉7月8日 - 2016年〈平成28年〉8月16日)は、日本の映画監督。東宝所属。鹿児島県出身。長男は政治運動家の山下万葉。[要出典] 鹿児島県肝属郡串良町(2006年合併により鹿屋市)出身、早稲田大学第一文学部哲学科卒業。1969年に東宝に入社。岡本喜八を筆頭に師事。1975年、本多猪四郎が監督を務めた『メカゴジラの逆襲』でチーフ助監督に就任。同作品への参加には、岡本からの後押しもあったという。 1979年に映画『トラブルマン 笑うと殺すゾ』で監督デビュー。東宝映画では監督を3本務めたらフリー契約をするという暗黙のルールがあったため、監督作を3本は撮りたいと考えていたが、邦画斜陽の時代では実現が難しく、その後も東宝社員のまま助監督時代が長く続いた。
出典:ウィキペディア「山下賢章」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
