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胎

胎中楠右衛門

たいなか くすえもん
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胎中 楠右衛門(たいなか くすえもん、1876年(明治9年)9月20日 - 1947年(昭和22年)3月22日)は、日本の大正・昭和期の政治家、実業家、自由民権運動家。農林審議会議員、米穀統制調査会委員、大日本国粋会幹事長、藤原製材会社社長。 明治9年(1876年)9月20日、旅館業を営む胎中弥平の次男として、高知県安芸郡安芸町(現安芸市)に生れる。母は芳子。 この明治9年(1876年)9月は、折しも明治天皇が国憲草案起創の詔勅を元老院へ御下賜された時にあたり、楠右衛門はことあるごとにそれを深く認識するようになり、晩年「憲政碑」の建立へもその思いがつながっている。 明治23年(1890年)、上京し、神奈川県愛甲郡厚木町(現・厚木市)に居を定めた。

出典:ウィキペディア「胎中楠右衛門」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋