市原 稔(いちはら みのる、1947年3月11日 - )は、千葉県千葉市花見川区出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ、プロ野球交渉代理人。 同じく元プロ野球選手の市原圭は実子。 千葉東高校から早稲田大学を経て、1968年のドラフト外で南海ホークスに入団。早大では教員を目指していたことから、野球部を入部後間もなく、学業と野球部の両立が難しいことを先輩部員から告げられて退部し、母校を指導していた。その後、教員試験に失敗したことから南海の入団テストを受験したが、この時は獲得してもらうために年齢をごまかして受験していたという。 1年目の1969年は7月26日の近鉄戦(大阪)で9回表に小池兼司に代わる遊撃手(守備機会2、失策1)として初出場を果たすが、自身最初で最後の出場となる。
出典:ウィキペディア「市原稔」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
