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佐々木愚山

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佐々木 愚山(ささき ぐざん)は、江戸時代末期から明治時代前期の儒学者。名は溥(ひろし)。字(あざな)は子淵。号は愚山の他、十二峰、小陰など。身長六尺、容貌魁偉で声が大きいと言われ、奇人として知られた。 文政6年(1823年)1月11日、仙台藩領の陸奥国牡鹿郡蛇田村(現・宮城県石巻市)に生まれる。父は同じく儒者である中田三平(名は謙、号は淡斎)。父は仙台大町に住んで門弟に学問を教え、豪商・佐藤助五郎(のち仙台藩郡奉行)の顧問として親しく交わったが、文政11年(1828年)に死去した。祖先を佐々木盛綱であると称するが詳細は不明[要出典]。 仙台を離れて下野国の足利学校の訓導となった後、上野国に移り安中藩校・造士館で学問を講じた。

出典:ウィキペディア「佐々木愚山」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋