伊東 月草(いとう げっそう、1899年(明治32年)12月17日 - 1946年(昭和21年)12月4日)は、長野県出身の日本の俳人。本名は秀治(ひでじ)。 1899年(明治32年)長野県上伊那郡藤沢村 (現在の伊那市)に生まれる。16歳から俳句を始め、大須賀乙字に師事、乙字の死後は同じ乙字門下の吉田冬葉が立ち上げた「獺祭」に参加、1928年に独立し「草上」を主宰する。 満州事変、日中戦争を機に新体制運動に傾倒、大野林火との戦火想望俳句論争を皮切りに、俳句報国のための団体を結成すべしと全国の主要俳人、結社に「この昭和維新に際会して、新体制に協力しないやうな非国民はあるまい」と檄文を送り、『俳句研究』を中心に論陣を張った。
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